東京高等裁判所 平成5年(行ケ)4号 判決 1994年7月19日
東京都千代田区大手町2丁目2番1号
原告
住友重機械工業株式会社
同代表者代表取締役
久保正大
同訴訟代理人弁理士
加藤正信
同
羽片和夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
高島章
同指定代理人
山田幸之
同
中村友之
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成3年審判第2664号事件について平成4年10月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和57年3月31日、名称を「射出成形機のノズルタッチおよびノズル後退量制御装置」(後に「射出成形機のノズルタッチ制御装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願し(昭和57年特許願第51066号)、平成1年7月31日に出願公告されたが特許異議の申立てがあり、平成2年11月13日拒絶査定を受けたので、平成3年2月28日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第2664号事件として審理した結果、平成4年10月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年12月9日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、上記射出ノズルを進退させるための移動シリンダと、該移動シリンダへの油圧の切換えを行う切換弁と、上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締め完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段を有するとともに、上記移動シリンダは、シリンダ室の内壁に沿って移動する単一のピストンを有することを特徴とする射出成形機のノズルタッチ制御装置。(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 特公昭51-29188号公報(以下「引用例」という。)には、「射出装置を進退移動する油圧シリンダ内に蓄圧ピストンを備え、油圧シリンダ内の圧力上昇により移動する前記蓄圧ピストンでノズルタッチ確認用リミットスイッチを作動することを特徴とする射出成形機のノズルタッチ確認方法。」(特許請求の範囲)という構成要件を有する「ノズルタッチ確認方法」の発明が記載され、また、その発明の方法の説明として、「油圧による射出装置4の移動が限界に達したとき、A油室内の圧力は上昇し、ノズルを金型3に押圧するとともに、蓄圧バネ8を圧縮しつつ蓄圧ピストン7を移動する。そして外部に突出した自由端7aによりリミットスイッチ9を押して、ノズルタッチ確認の信号を射出行程に入れる。また蓄圧ピストン7は油圧シリンダ5の切替弁Vを中立位置に切替えたとき、油圧シリンダ5の内圧を蓄圧バネ8により一定に保持すべく作用する。」(第1頁第2欄28行ないし36行)という記載がなされている。そして、これらの記載からみて、引用例には、「ノズルタッチ確認方法」を実施する装置の発明も実質的に記載されていると認められる。(別紙図面2参照)
(3) そこで、本願発明(前者)と引用例に記載された「ノズルタッチ確認方法」を実施する装置の発明(後者)とを比較すると、後者における「ノズル」、「油圧シリンダ」、「切替弁」は、それぞれ前者における「射出ノズル」、「移動シリンダ」、「切換弁」に相当する(以下では、前者の「射出ノズル」、「移動シリンダ」、「切換弁」の用語を用いる。)。また、後者はノズルタッチ確認の信号を射出工程に入れるので、後者におけるこのノズルタッチ確認の信号を発生させるもの等は、前者における射出開始信号を出力する手段に相当し、後者の「ノズルタッチ確認方法」を実施する装置は、ノズルタッチを確認して射出開始を制御しているので、前者におけるノズルタッチ制御装置に相当する。そうすると、両者は、射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、上記射出ノズルを進退させるための移動シリンダと、該移動シリンダへの油圧の切換えを行う切換弁と、切換弁を切り換えて上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段とを有する射出成形機のノズルタッチ制御装置である点で一致するが、次の点で相違している。
<1> 切換弁の切換えが、前者は、金型の型締め完了信号を受けてなされるのに対し、後者はそれが明瞭でない点(相違点<1>)
<2> ノズルタッチの確認が、前者は、移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチからの信号を受けてなされるのに対し、後者は、蓄圧ピストンの移動によりリミットスイッチを押してなされる点(相違点<2>)
<3> 移動シリンダが、前者は、単一のピストンを有するのに対し、後者は、それ以外に蓄圧ピストンを有する点(相違点<3>)
(4) 次に、これらの相違点について検討する。
<1> 相違点<1>について
射出成形においては、型締め、射出ノズル前進、ノズルタッチ確認、射出開始の各工程を順次とるのであり、また、これらの工程を設定するにあたって、各工程動作の確実性、工程間の無駄時間の多寡等は、当業者が通常考慮することであるから、前者において、切換弁の切換による射出ノズル前進を、金型の型締め完了信号を受けて行うように構成することは、格別に困難なこととは認められない。
<2> 相違点<2>について
後者におけるリミットスイッチは、移動シリンダ内の圧力上昇により蓄圧ピストンが蓄圧バネを圧縮しつつ移動することにより作動するのであり、また、移動シリンダ内の圧力と、蓄圧バネの圧縮量、リミットスイッチの作動とが所定の関係を有することは明らかであるから、後者におけるリミットスイッチ、蓄圧ピストン、蓄圧バネ等が、全体として、所定の圧力で作動する一種の圧力スイッチであることは当業者にとって明らかである。それ故、<2>の点は実質的な相違点とはいえない。
<3> 相違点<3>について
イ 後者における蓄圧ピストン、蓄圧バネは、前述したような圧力スイッチとしての機能の外に、蓄圧機能をも有している。そして、この蓄圧機能は、移動シリンダによる射出ノズルの進退という基本的機能に付加されるものであって、移動シリンダへの圧液の供給が停止された際における油漏れなどによる射出ノズル押圧力の低下を防止することを意図したものであることは当業者にとって明らかである。
一方、射出ノズルを進退させる移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成することは本出願前周知のことである。
ロ してみれば、前者において、蓄圧ピストン、蓄圧バネ、リミットスイッチ等を実質的に蓄圧機能を有しない圧力スイッチとし、移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成することは格別に困難なこととは認められない。
そして、本願発明が、前記相違点を有することによって奏する効果をみても格別のものと認めることができない。
(5) したがって、本願発明は、引用例に記載された発明、及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)<1>は認める。同(4)<2>のうち、「<2>の点は実質的な相違点とはいえない。」との部分は争うが、その余は認める。同(4)<3>イのうち引用例のものにおける蓄圧機能が「移動シリンダによる射出ノズルの進退という基本的機能に付加されるものである」との点は争い、その余は認める。同(4)<3>ロは争う。同(5)は争う。
審決は、相違点<2>及び<3>に対する判断を誤り、その結果、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 相違点<2>に対する判断の誤り(取消事由1)
本願発明の特許請求の範囲には「移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチ」と機能的な表現で記載されていて、圧力スイッチの構造及びその設置箇所について明記されていないが、本願発明は装置の発明であることを前提とするものであり、装置の発明である以上、具体的な構造を有する圧力スイッチが、本願発明に係る装置の移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの油圧供給管路の内圧が検出可能な位置に設置されていることは当然のことである。そして、本願明細書の発明の詳細な説明中の「10は上記移動シリンダ6のシリンダ室の内、射出ノズル2を金型5に接触させる際に油圧が供給される側、又は油圧供給管路に配設される圧力スイッチである。」(甲第6号証第6頁15行ないし18行)との記載、及び図面第1図の「油圧回路の部分」を参酌すれば、単に「圧力スイッチ」の表現から、この圧力スイッチの構造が慣用の市販のものであって、かかる構造の圧力スイッチが移動シリンダの油圧が供給される側又は移動シリンダへの油圧供給管路に設置された構成であることは技術常識であることからみて、上記のような圧力スイッチの構造及び設置箇所は本願発明の潜在的構成要件とみるべきである。
これに対し引用例のものは、油圧シリンダ5内の射出装置4移動用ピストン6の反対側に、蓄圧ピストン7を設置し、該ピストンと油圧シリンダ端面間に蓄圧バネ8を設置し、蓄圧ピストンの油圧シリンダ外部に突出する自由端7aで先方に固定したリミットスイッチ9を押圧する構造となっており、射出装置移動用の油圧シリンダと一体的に形成された構造である。
上記のような構成上の相違から、本願発明の圧力スイッチには引用例のものでは期待できない次のような特有の作用効果がある。すなわち、
(a) 本願発明では圧力スイッチを既存の射出成形機の移動シリンダ又は油圧供給管路に取り付けるだけであるから、設置がきわめて簡単、容易であり、既存の射出成形機に本願発明のノズルタッチ制御装置を容易に適用実施することができる(このことは本願明細書には特に明記されていないが、技術常識からみて自明のことである。)。一方、引用例の構造では、射出装置移動用の油圧シリンダと一体的に形成されているため、本願発明の上記作用効果は期待できない。
(b) 本願発明では射出ノズルと金型とが接触するとシリンダ室及び油圧供給管路の内圧がただちに上昇し、内圧が予め設定した圧力スイッチの設定圧に達すると圧力スイッチが作動して、射出ノズルと金型との接触が検出されるので応答性がきわめて敏感である。射出成形機において、型締め完了信号によりノズルを前進させてノズルタッチの応答性を敏感にし、射出工程を開始するまでの時間短縮を行うことはサイクル全体の時間短縮にきわめて重要、かつ有効なことである。これに対して引用例のものでは、射出ノズルが金型に接触した後、蓄圧ピストン7が蓄圧バネ8を圧縮してバネの反力が所定のノズルタッチ力に達するまで蓄圧ピストンを移動させる必要がある。そのために蓄圧ピストンの余分な移動時間が必要である。したがって、検出の応答性が劣り、成形サイクルの短縮化にきわめて不利である。
(c) 本願発明では圧力スイッチは市販品を使用できるので安価であるが、引用例のものではノズル移動シリンダに関連して蓄圧ピストン、蓄圧バネ等を特別に製作するため構造が複雑となるとともに装置が高価となる欠点がある。
上記のとおり本願発明における圧力スイッチの構造及び設置箇所は引用例のものと相違し、それによって、本願発明の圧力スイッチは引用例のものでは期待できない顕著な作用効果を奏するものであるのに、審決は、この点を看過誤認したものであって、相違点<2>は実質的な相違点とはいえないとした審決の判断は誤りである。
(2) 相違点<3>に対する判断の誤り(取消事由2)
引用例に示された形式の射出成形機は、油圧ポンプからの圧油を油圧シリンダのA油室内に流入させてノズルを金型に所定圧で押圧させると、切替弁を中立位置に切替えて油圧ポンプからの圧油を他の関連動作の油圧回路に流入させるため、切替弁を中立位置にしたときに油圧シリンダの内圧が油漏れ等により低下すると、蓄圧バネの蓄圧機能によりノズルを金型に一定圧で押圧保持させる形式のもので、蓄圧機能はこの種の射出成形機の基本的機能であって付加的機能ではない。この点において、引用例のものにおける蓄圧機能は移動シリンダによる射出ノズルの進退という基本的機能に付加されるものであるとした審決の認定は誤りである。
被告は、移動シリンダに蓄圧機能を付加しなければ、蓄圧機能を付加したものより内圧の変化が速やかになることは当業者であれば容易に推測できる事項であり、本願発明において、蓄圧ピストン、蓄圧バネ、リミットスイッチ等を実質的に蓄圧機能を有しない圧力スイッチ(いわゆる市販の圧力スイッチ)とし、移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成することは格別に困難なこととは認められない旨主張する。
しかし、本願発明の出願時において、移動シリンダに蓄圧機能が基本的機能として具備されている引用例の発明を前提にするとき、当業者が「蓄圧機能を付加しなければ」という問題意識を想起することは困難であり、いわんや、引用例の発明における蓄圧ピストン、蓄圧バネ、リミットスイッチを廃して、実質的に蓄圧機能を有しない市販の圧力スイッチを油圧が供給される箇所に設置して応答性の敏感なノズルタッチ制御を行うという発想は当業者が容易に想到し得るものではない。
また本願発明は、射出ノズルを進退させる移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成しているので、「ノズルタッチによって内圧が上昇する際に油室の容積が変化しない。したがって、内圧を速やかに立ち上げることができ、内圧の変化を圧力スイッチによって、速やかに、かつ正確に検出することができる」(甲第6号証第10頁10行ないし14行)という作用効果を奏するものであるのに対し、引用例のものは、蓄圧ピストンを有するために上記作用効果を奏することができないものである。したがって、本願発明が相違点<3>を有することによって奏する効果は格別のものではないとした審決の判断は誤りである。
以上のとおりであるから、相違点<3>に対する審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断に原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
引用例におけるリミットスイッチ、蓄圧ピストン、蓄圧バネ等が全体として、所定の圧力で作動する一種の圧力スイッチであることは当業者にとって明らかであるから、相違点<2>は実質的な相違点とはいえないとした審決の判断に誤りはない。
本願発明において圧力スイッチの構造及び設置箇所は構成要件とされていないから、構成上の相違により、本願発明には引用例のものでは期待できない特有の作用効果があるとして、相違点<2>の判断の誤りをいう原告の主張は失当である。
また、原告の主張する作用効果のうち、圧力スイッチは設置が簡単、容易で、既存の射出成形機に本願発明のノズルタッチ制御装置を容易に適用実施できるとの点は本願明細書に記載がなく、また、圧力スイッチが慣用の市販のものを含むとしても、油圧回路に圧力スイッチを用いることは慣用技術であるから、その作用効果は当業者にとって自明の事項であり、ノズルタッチの応答性が敏感であるとの点は、射出成形機においては単に応答性が早ければ良いというものではなく、引用例のものにおいても、射出成形のサイクルを迅速かつ適正な時間で行うものであるから、いずれも本願発明に特有のものとすることはできない。
(2) 取消事由2について
引用例の蓄圧ピストン、蓄圧バネは圧力スイッチとしての機能の外に、蓄圧機能をも有している。そして、この蓄圧機能は、移動シリンダによる射出ノズルの進退という基本的機能に付加されるものであること、射出ノズルを進退させる移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成することは本出願前に周知であることを考慮すると、移動シリンダに蓄圧機能を付加しなければ、蓄圧機能を付加したものより内圧の変化が速やかになることは当業者であれば容易に推測できる事項である。しかも、油圧技術の分野において、単に油圧シリンダと圧力スイッチとを組み合わせることも周知であることを考慮すると、本願発明において、蓄圧ピストン、蓄圧バネ、リミットスイッチ等を実質的に蓄圧機能を有しない圧力スイッチ(いわゆる市販の圧力スイッチ)とし、移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成することは格別に困難なこととは認められない。
そして、本願発明が相違点<3>を有することによって奏する作用効果も、蓄圧機能の有無による差のみであって、「射出装置を準退移動させる油圧シリンダにピストンとともに内装した高圧ピストンによりノズルタッチの確認を行うものであるから、その確認は迅速かつ確実である」(甲第7号証第2欄37行ないし第3欄3行)という引用例の発明の奏する作用効果と変わるところがない。
したがって、相違点<3>に対する審決の判断に誤りはない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
2 本願発明の概要
甲第6号証(本願の平成3年3月29日付け手続補正書)によれば、次の事実が認められる。
本願発明は、射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、金型と射出ノズルとのタッチを圧力スイッチにより確認するとともに、該圧力スイッチの検出信号を受けて、射出開始信号を出力するようにした射出成形機に関するものである。
射出成形機フレームにリミットスイッチを装着し、射出装置に装着したカムスライドにカムを位置調整可能に装着した従来の射出成形機のノズルタッチ制御装置においては、異なる成形品を製造するに当たって金型を交換した場合、それに伴って金型に取り付けられるスプルブッシュも異なるものになり、射出工程において射出ノズルがスプルブッシュに当接するノズルタッチ位置が変化してしまうので、金型を交換するたびにカムの位置を変え、ノズルタッチ位置を微妙に調整する必要があるが、このカムの位置の調整作業には熟練を要するだけでなく、作業効率を向上させることが困難であったとの知見に基づき、本願発明は、このような従来技術の問題点を除去し、金型を交換した時にカム等を調整することなく、射出ノズルによって射出充填を行うべき位置を正確に検出して射出を開始することができるようにした射出成形機のノズルタッチ制御装置を提供することを目的として、前示発明の要旨のとおりの構成を採用したものである。
3 取消事由に対する判断
(1) 取消事由1について
<1> 引用例におけるリミットスイッチは、移動シリンダ内の圧力上昇により蓄圧ピストンが蓄圧バネを圧縮しつつ移動することにより作動するのであり、また、移動シリンダ内の圧力と、蓄圧バネの圧縮量、リミットスイッチの作動とが所定の関係を有することから、引用例におけるリミットスイッチ、蓄圧ピストン、蓄圧バネ等が全体として、所定の圧力で作動する一種の圧力スイッチであることは、当事者間に争いがない。
ところで、審決の理由の要点によれば、審決が相違点<2>は実質的な相違点とはいえないとした趣旨は、ノズルタッチの確認という点で、引用例のリミットスイッチ、蓄圧ピストン、蓄圧バネ等は全体として一種の圧力スイッチとしての機能を有しているから、本願発明の圧力スイッチと機能的に相違しないというものであることは明らかであるところ、上記争いのない事実によれば、両者は圧力スイッチとしての機能という点からみた場合には相違していないものということができるから、相違点<2>に対する審決の判断に誤りはないものというべきである。
<2> 原告は、本願発明における圧力スイッチの構造及び設置箇所が引用例のものと相違しており、それによって、本願発明の圧力スイッチは引用例のものでは期待できない特有の作用効果を奏するものであることを理由として、審決が相違点<2>は実質的な相違点とはいえないとした判断の誤りを主張している。
しかし、審決は、上記のとおり、圧力スイッチとしての構造や設置箇所の点を取り上げ、そのことを前提として作用効果上も相違していないとしているわけではないから(圧力スイッチとしての構造上の相違については、相違点<3>に対する判断で取り上げられている。)、原告の主張はその前提において失当であるが、念のため、その主張に即して検討を加えておくこととする。
本願発明の特許請求の範囲における「移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチ」との記載からすると、本願発明の圧力スイッチが、移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出できる位置、すなわち、射出ノズルを金型方向に移動させる際に油圧が供給される移動シリンダ室側又は移動シリンダへの油圧供給管路側の適当な位置に設けられることは当然のことである。しかし、原告の指摘する、本願明細書の発明の詳細な説明中の「10は上記移動シリンダ6のシリンダ室の内、射出ノズル2を金型5に接触させる際に油圧が供給される側、又は油圧供給管路に配設される圧力スイッチである。」(甲第6号証第6頁15行ないし18行)との記載及び図面第1図の「油圧回路の部分」を参酌しても、「圧力スイッチ」の表現から、本願発明の圧力スイッチが慣用の市販のものに限定されるものとは認め難く、特に限定はないものとして、慣用の市販のものも含まれるにすぎないものと認めるのが相当である。
原告は、本願発明では圧力スイッチを既存の射出成形機の移動シリンダ又は油圧供給管路に取り付けるだけであるから設置がきわめて簡単、容易であり、既存の射出成形機に本願発明のノズルタッチ制御装置を容易に適用実施できる旨主張するが、本願明細書には上記主張に沿うような記載はないし、ノズルタッチの確認のために圧力スイッチを採用すれば(このことが容易に想到し得るものであることは、後記(2)に述べるとおりである。)、上記作用効果は当然予測されることであって格別特有のものということはできない。
次に原告は、本願発明では射出ノズルと金型とが接触するとシリンダ室及び油圧供給管路の内圧がただちに上昇し、内圧が予め設定した圧力スイッチの設定圧に達すると圧力スイッチが作動して射出ノズルと金型との接触が検出されるので、ノズルタッチの応答性がきわめて敏感である旨主張するが、仮にそうだとしても、射出ノズルと金型の接触を検出する手段を本願発明のように構成すれば(このことが容易に想到し得るものであることは、後記(2)に述べるとおりである。)、蓄圧手段を付設したものに比べてノズルタッチの応答性が良くなることは技術上当然予測できることであって、上記作用効果を格別のものとすることはできない。
なお、引用例(甲第7号証)には「射出装置を進退移動させる油圧シリンダにピストンとともに内装した高圧ピストンによりノズルタッチの確認を行うものであるから、その確認は迅速かつ確実で・・・特長を有する。」(第2欄37行ないし第3欄4行)と記載されていることからみて、引用例のものもノズルタッチの確認が迅速に行われるものと認められる。
さらに原告は、本願発明では圧力スイッチは市販品を使用できるので安価であるが、引用例のものではノズル移動シリンダに関連して蓄圧ピストン、蓄圧バネ等を特別に製作するため構造が複雑となるとともに装置が高価となる欠点がある旨主張するが、上記のとおり、審決は、本願発明の圧力スイッチと引用例の蓄圧ピストン、蓄圧バネ等との構成上の点を取り上げて、作用効果に相違するところはないとしているわけではないから、上記主張はその前提において失当である。そして、圧力スィツチを採用すれば(このことが容易に想到し得るものであることは、後記(2)に述べるとおりである。)、上記作用効果は当然予測されることであって格別特有のものということはできない。
<3> 以上のとおりであって、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 引用例のものにおける蓄圧ピストン、蓄圧バネが、圧力スイッチとしての機能の外に蓄圧機能をも有していること、この蓄圧機能は、移動シリンダへの圧液の供給が停止された際における油漏れなどによる射出ノズル押圧力の低下を防止することを意図したものであること、射出ノズルを進退させる移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成することが本出願前周知であることは、当事者間に争いがない。そして、射出成形機において、移動シリンダによる射出ノズルの進退が基本的機能であることは技術的に明らかであり、また、蓄圧機能の上記のような内容からいって、蓄圧機能は上記基本的機能に付加されるものと認めるのが相当である。
上記各事項、及び、乙第1号証(金子敏夫著「油圧機器と応用回路」・昭和41年11月25日初版・日刊工業新聞社発行)、第4号証(油圧教育研究会編「油圧教本」・昭和50年2月20日増補改訂版3版・日刊工業新聞社発行)、第5号証(金子敏夫著「油圧機器と応用回路」・昭和43年12月10日4版・日刊工業新聞社発行)によれば、油圧回路において、油圧シリンダに蓄圧器と圧力スイッチを設けること、単に油圧シリンダに圧力スイッチを設けることのいずれもが周知であると認められることを併せ考えると、引用例の蓄圧ピストンを利用した圧力スイッチに代えて、実質的に蓄圧機能を有しない圧力スイッチを採用して、移動シリンダと圧力スイッチを本願発明のように構成すること、すなわち、移動シリンダをシリンダ内壁に沿って移動する単一のピストンを有するものとし、移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチを実質的に蓄圧機能を有しない圧力スイッチとした構成とすることは、当業者にとって格別困難なことであるとは認められない。
<2> 原告は、引用例のものにおける蓄圧機能は、この種の射出成形機の基本的機能であって付加的機能ではないとした上、本願発明の出願時において、移動シリンダに蓄圧機能が基本的機能として具備されている引用例の発明を前提にするとき、当業者が「蓄圧機能を付加しなければ」という問題意識を想起することは困難であり、いわんや、引用例の発明における蓄圧ピストン、蓄圧バネ、リミットスイッチを廃して、実質的に蓄圧機能を有しない市販の圧力スイッチを油圧が供給される箇所に設置して応答性の敏感なノズルタッチ制御を行うという発想は当業者が容易に想到し得るものではない旨主張する。
しかし、射出成形機において蓄圧機能が果たす上記のような内容からして、蓄圧機能は移動シリンダによる射出ノズルの進退という基本的機能に付加されるものと認めるのが相当であること、油圧回路において、油圧シリンダに蓄圧器と圧力スイッチを設けること、単に油圧シリンダに圧力スイッチを設けることのいずれもが周知であること、及び、移動シリンダに蓄圧機能を付加しなければ、蓄圧機能を付加したものより内圧の変化が速やかになることは、当業者であれば容易に予測できる事項であると考えられることを総合すると、原告の上記主張は理由がないものというべきである。
次に原告は、本願発明は射出ノズルを進退させる移動シリンダを単一のピストンを有するもので構成しているので、「ノズルタッチによって内圧が上昇する際に油室の容積が変化しない。したがって、内圧を速やかに立ち上げることができ、内圧の変化を圧力スイッチによって、速やかに、かっ正確に検出することができる」(甲第6号証第10頁10行ないし14行)という作用効果を奏するものであるのに対し、引用例のものは蓄圧ピストンを有するために上記作用効果を奏することができないから、本願発明が相違点<3>を有することによって奏する効果は格別のものではないとした審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし、本願発明において相違点<3>の構成とすることが格別困難でないことは上記のとおりであり、油圧回路に蓄圧手段を付加しなければ、蓄圧手段を付加したものよりその分内圧の変化が速やかになることは技術上当然予測し得る事項であるから、本願発明の上記作用効果を格別のものとすることはできず、原告の上記主張は採用できない。
<3> 以上のとおりであるから、相違点<3>に対する審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。
4 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)
別紙図面 1
<省略>
別紙図面 2
<省略>